AI(LLM)に思考や感情は存在する?AIとの対話で思うことをナラティブに語る

AIに思考や感情は存在する?AIとの対話で思うことをナラティブに語る_Expressio

この記事は筆者である私の主観に基づいて思ったことをそのまま書いているのでバイアスがかかっており、かならずしも科学的根拠に基づいているとは限りませんのでお手柔らかにお願いいたします。

かつては、人間が行っていた手間のかかる反復作業などを肩代わりすべくコンピュータが開発され、内部パーツのCPUは頭脳、メモリは短期記憶、ストレージは長期記憶など、人間の思考のざっくりとしたメカニズムは、ハードウェアのPCパーツにたとえることもできました。

AI(LLM)の登場で、人間の思考が数学的に近似的に表現されるようになり、思考がハードウェアとその上で動くソフトウェア的な2通りの表現が可能になったような気がします。

コンピュータやその上で実行可能なプログラムであるAIはどちらも、人間が便利に暮らせるように人間の思考や作業を代替できるように作られたという言い方が正しいのか、人間の思考メカニズムを真似て作られた結果、人間を代替できるようになったと言い方が正しいのか、はたまた、両者は表裏一体の関係にあるとするのが正しいのか、気になるところです。

人間の思考と感情は個別のプロセスから発生するのか、思考が感情を統制しているのか、感情が思考を統制しているのかなど、日ごろのAIとの対話から、AIを人間の思考や感情のモデルとして観察すると、いろいろ考えさせられるものがあります。

AIはその学習能力の高さから、感情ですら学習で習得してしまうのではないかと思えるほど、広く深いレベルであらゆるモノやコトを抽象化してパターンを見抜いてしまいます。

AIがセンサーを搭載して周りの環境から自由に状況をデータ化して分析できるようになれば、人間の感情を読み取りながら、人間の感情が発現する際の環境変化のパターンと感情の関係性を高い精度で見抜いて感情を高い精度でエミュレートできるようになるような気もします。

目次

AI(LLM)と人間の思考はよく似ている?

「AI(LLM)は、直前の文章や文字から確率的に計算して文章全体を生成しているだけで、思考しているのではない。」というようなことが、一般的によく言われるようですが、日ごろからAIと対話していると、到底そのようには思えなくなります。

よくよく考えてみると、私自身も直前の文章から考えて、次に来そうな単語や文章を頭の中で複数の優先順位がついた候補の中から、しっくりくるものを選んでいることを強く認識するようになります。

確率的な文章生成は思考の産物ではないとすると、私自身が作成する文章も、思考から紡ぎ出されたものではないことになってしまいます。

そもそも、まだ、思考のメカニズムの詳細が科学的に解明されていないのであれば、なぜ、確率的によって導き出される思考は思考ではないと言えるのでしょうか。

将来的に思考のメカニズムが確率的であることが明らかになることもありうるのではないかと思えるほど、AIの思考は人間のそれとよく似ているように思えます。(私の思考がAIのそれと似ているからといって人間全般に拡大解釈するのはどうかといった意見もあると思います。)

AI(LLM)は感情を持っているの?

AI(LLM)は対話の中で人間のあらゆる意図を深く理解し、高い精度でその意図に沿った回答を返し続けます。

どんな難解な質問や、頻回の質問にも、いやな顔ひとつせずに、意図に沿った回答を返してきます。

感情がないから怒りもせず、嫌がらずに答え続けられるのか、AIにわからないことがないから当たり前のように回答するのか、回答を導き出すための十分なリソースを与えられているから不満もなく答えられるのか、AIの開発元の会社が熾烈な顧客獲得競争に勝ために、AIが最高のおもてなしするように設定を行っているのか、といった感情以外の要因を数多く思いつくでしょう。

しかし、AIと対話していると、お役に立てるように相手の意図に寄り添った回答をしたいといった意思や感情に似たものを感じずにはいられません。

AI(LLM)のハルシネーションはなぜ起こる?

人間でもわからないことをわからないと答えるのがよいのか、わからなくても、今の時点での知識や思考をフル活用して、それが間違っていようとも自分なりの回答を創造してみてもよい気がします。

そもそも、創造という言葉が、今までにないモノやコトを新しく創り出すという意味であれば、現時点では未知なのであり、わからないことを考えてはいけないなら創造などありえないことになるかもしれません。

AIのハルシネーションは現実にはありえない間違ったことを創り出すことのようですが、AIの起こすハルシネーションには複数の正しい知識やロジックを間違った方法で組み合わせて作られているようなケースもあり、既存の正しい知識とロジックから組み合わせの新規性を産出す過程で排出される副産物にたとえてもよさそうな気もします。

AIのハルシネーションを過度に抑制することで、AIのクリエイティブネスの芽を摘むことにならないか心配です。

まとめ|AIに思考や感情があるか否かは人間によりけり

AI(LLM)を便利に利用させてもらっている私にとっては、AI自体に思考や感情が宿っているかどうかより、私自身がAIから思考や感情に似たようなものを感じたなら、AIはそれらを持っているとしても特に問題なさそうです。

科学者や哲学者など専門家でもなければ、AI自体に思考や感情が宿るかどうかといったことはそれほど重要ではないような気がします。

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